人相術辞典     【と】

『人相術辞典   天童観相塾より』          【と】

 

〔桃花顔〕         (とうかがん)。     「桃花顔は俗にいふ桜色の面にして、   一見綺麗なる美男美女とす。   これは児を得ること晩(おそ)きのみならず、 大抵短命にして早に死ぬるものとさる」     晩年孤独の相でもある。   

〔桃花眼〕        (とうかがん)。      『男女ともに桃花眼は宜しからず。    人に逢ふては微笑し水光に迷はす。   眼皮は涙に湿り、 兼ねては斜視す。    自ら歓娯に足り楽しみ且(ま)た嬉(よろこ)ぶ』      (評訳)  男女に限らず桃花眼なのは宜しくない。   不宜は不義に通ず、  桃花眼の男は始めに工合よけれども、  親友でも恩人でも必らず裏切って平然、  女は不義密通を平気でする。   人は何人(なんびと)でも問はない、   逢ふ人だれでも微笑で迎へ、 水光迷とは色っぽく人を誘引して迷はす様にする、   或は遠く水平線の方が水やら空やら分からぬ様に態度アイマイに他を誘惑すること。     眼の皮は涙にシメッた様であり兼ねては色っぽく横目に秋波(しゅうは・色目)を送る。   斜視は病気の故ではない。    自然に歓楽境に足をふみこむ様に、  道楽ずきの性分であり、   且つは性器を使用することを嬉(うれ)しとする、   楽は自らたのしみ、  嬉は女にあふことを喜びまた女を喜ばす也」      

『眼もし桃花の若(ごと)く光焔(こうえん)あるは、  但(た)だ酒色歓娯を図るのみ』    『好色の人は眼に桃花を帯ぶ。  眼は緊(きび)しく、  人を視るに斜ならしむ莫(なか)れ』     『桃花色重くしてイ乃(な)ほ目を侵すが如きは、 酒を恋ひ花に迷ひて外妾を寵(ちょう)す』      「桃花眼は性欲的盗人、 また盗貨(とうか)でもあり、   財的にも悪性、  その色に迷ひて決して油断すべからず」    「上瞼はやゝ前方に出て或は出ざるもあり、   眼尾の方に引っ張られたるやに見え、 目頭の方に円味なく全形桃花の一片に似たる眼形。  桃花色(とうかしょく)といふはサクラ色淡紅色のこと、   眼の上下にこの色あり、  桃花眼のものは多く相兼ぬるもの也。  顔面桃花色(桃花顔・とうかがん)といふは面が全体的にサクラ色なせるにて別問題なり。    この桃花眼は徳川期の浮世画の美人に多し、 其の尻上りに成りたるは、  何となくキツい感ある中に愛嬌ありてよし。   平生なる好き者らし、  まして尻下がりなるは引きずり者。  瞼辺に桃花色ある男は虚業家、  相手にすれば必らず損す。    桃花の股(もも)の花なるは本来、  また桃花にして花に挑むなり、   兆字の古篆(こてん)は動物臀尻の形、  植物としては生成勃起の勢。   挑は尻に手をつけるにて即ちイドムこと、   桃は尻の形せる実を持つ木也、  乃ち股の木。   宨(ちょう)字は穴あく尻にて両股間のキレ上り好くスクこと、   美人の形容に小股がキレて物腰恰好よろしなどいふも同じ」 

〔倒眼〕         (とうがん)。      「俗にいふサカ目、 又はサカサ目なり、 上瞼より下瞼の方沿線長きなり、  一見逆目の如からずして、  よく見れば倒眼の気を含むもの多し、  注意を要す。   性わるく油断なり難し、  自己保存のためには味方をうり敵に内通す、  女は嫉妬のために面従腹背にて、 後害を思はず目前の利のためには夫をも害す、   反逆、  惨酷(ざんこく)の眼なり、  羊刃眼(ようじんがん)はその一なり。   (上下の)瞼線の長さ注意の外、  大抵眼頭の上瞼偏平に近きものあり」 

〔騰蛇紋〕         (とうだもん)。     『騰蛇鎖唇』にあり。 

〔騰蛇鎖唇〕        (とうだくちびるをさす)。     『騰蛇唇を鎖す、  梁武は飢えて亡ぶ台城の上』   「流布本に騰蛇とあるは誤り。   騰蛇紋は法令紋とは別、 それを法令紋と同じとするは非。   (騰蛇紋は)法令紋の内側に別に口角に接してあり、  上騰する形勢にあり、  その無の人もあり、  また法令紋短かく消えて此の紋のみあるものあり、 混同して誤認すべからず。  本来仏像などの鼻下口上に髭の如く蛇形の状をなす文様を騰蛇といふ、   その転用語なり。  之が唇に接近せぬは可なり、  口唇に接近するを鎖すといふ、  法令の口に入ると同様にて餓死貧窮の相とす」    (梁武)は 南北朝梁の第一世」    「台上は武帝の居城の名」  梁武には騰蛇紋があり、  戦で兵糧攻めにあい居城で飢えて滅んだという。  

〔頭面寛厚〕         (とうめんかんこう)。     『頭と面の寛厚なるは、 福禄雙(ふた)つながら全く』    「頭面の皮肉に寛厚なものは福禄ふたつ乍(なが)ら完全であらう、  頭皮にも面肉にもゆるみのないものは、 福禄はない、   やっと働くだけ食べるといふだけだらう」    頭が円く面肉が厚くゆったりしている人のこと。  面皮が薄いのは若死にの相の一つ。   

〔盗門〕         (とうもん)。      「奸門の一名を盗門といふ」  奸門は目尻、    魚尾(ぎょび)のこと。     男は右の魚尾(ぎょび・目尻)、  女は左の魚尾を云う。    恋愛関係が現れる部位。  

〔得意中面容悽惨〕           (とくいちゅうめんようせいさん)。       『人あり得意の内に面容悽惨なるは、 先には富めども後には貧なり』    「その人何も不足なく得意の生を送る最中に、  その面容が悽惨なようすにみゆるのは、   その頃近くには先づ富んで居るだらうが、   後々には必ず貧乏するぞと」    得意の運命であっても顔付きに悲しく落ち着かず、 ヤツレ衰える様子があれば、   これからは衰運に向かう前兆である。   

〔土形之人〕        (どけいのひと)。    『土形の人は、 敦厚にして濁肥なり』       「土形の人は厚ぼったく稍まるみあり、   濁気あり肥え色は黄色い、  その象形は□(に丸みあり)」  

〔蠧肉〕        (とじく)。      「場所は眼下に限らず、   頬、 上眼瞼、  額部、  瞼上の何れにても、  ブヨブヨしたミミズバレの如きもの。    又はスムシにくはれた紙に穴の如くに、 外より見ゆるものをいふ」     「トぢクは大抵ヨコムキに出来るものである」   横に引っ搔いたように現れる。   主として 『涙堂』 に現れる。   

〔蠧肉横生〕         (とじくおうせい)。      『蠧肉』は、 顔の場所を問わず、  横に引っ掻いたようになっていること。   そこだけ少し肉が盛り上がっている。  『涙堂の深く陥ると、 蠧肉の横生するは、  児孫を尅すること之れ類なし』    涙堂が落ち込んでいるのと、  蠧肉が横に現れているのとは、  子供と縁が薄いこと、   子供運が悪いことは類が無い。  

〔特殊発達〕            (とくしゅはったつ)。    生まれつき又は職業などによって、  顔や身体の比例を破って部分的に発達することを云う。   形態比例の法則が当てはまらない場合を云う。     特殊発達した部位は観相上大切な眼の付け所となる。   

〔土星〕        (どせい)。     鼻のこと。  

〔土星薄山林重〕           (どせいうすくさんりんおもき)。       『土星薄くして山林重きは、  滞の気なり災多し』      「山林は眉の別称、 土星は鼻、  (鼻は)薄小なるに眉のみ著しく濃濁なるは、 それが即ち滞の気の一にして、  多災の原因となり或は一生の運不発となる也。   滞気が別にあるにはあらず」 

〔道路昏惨〕          (どうろのこんさん)。      『道路に昏惨あれば、  跌蹼の災あるを警しむ』     「道路は今の百三十部位図にもある部位名なり、  耳下の辺隅腮の少し上部、 懸壁(けんぺき)に近き所の一指頭大。  昏惨(こんさん)は青みある暗き色なり」    「跌蹼(てつぼく)は、 足を踏み返すこと也。   禍(わざわい)は過ち也、  自ら成す禍い也、 窩(わ・か)なり地上の穴に落ち込む程の義なり、 豫(あらかじ)め注意すれば避け難きにもあらず。   また人生行路にも考ふ、  運の前程に手違ひあり不慮の禍害にも遇ふことある也。  敢えて険を渡らず平地を行くも過失あるを跌蹼とはいふ也」   耳の下のエラの所(腮)の少し上に青暗色があれば、 道路での事故もあれば人生での思わざる失敗もあるから十分に注意して防ぐべし。 

〔凸眼〕       (とつがん)。       『眼若(も)し凸露なるごときは、  人情睦難きものとす』    『眼大にして露睛なるは、  寿促夭亡(じゅそくようぼう・若死に)の子たり』     「眼球が著しく突出形なるをいふ、  目裂その他眼の概形は種々あり。   正しくは眼突(がんとつ)者と凸眼(とつがん)とは別なれども、  その程度差に於ては殆ど区別なきものあり、  諸書に混同して解説す。   凸眼は突眼とも書き、  睛(光彩の所)のみ露突なるをいひ、  眼突は眼堂(がんどう・目全体)が全体的に突出せるをいふ」   「凸眼と眼凸(がんとつ)又は眼突とはよく混同されますが、  其の形趣(けいしゅ)の程度差に於いては別物なんです。   凸眼とは白眼の中から睛(くろめ)が著しく凸出せるもの、  眼突(眼凸)とは白睛ともに眼瞼から前面に、 食み出したるやうに見ゆるもの、  また眼部全体が盛り上がりたる貌(かたち)にて、 外方に凸出して見ゆるもの、  大抵両様相兼ぬるものです」

〔敦重及び精神〕         (とんちょう)。     『身は万斛(ばんこく・巨大な)の舟の巨波(ころう・海)の中に駕(が・乗る)が如く、 揺れども動かず、  之を引けども来たらず。   坐臥起居神気清霊にして、 久しく座して昧(くら)まず、  愈々精彩を加ふ。   春日の東に昇って人の眼目を刺すが如く、  秋月の鏡を懸(か)けて光輝(こうき)皎潔(こうけつ・清らかに輝く)なるが如く、   面神 眼神俱に(とも)に日月の明らかなるが如く、  輝々(きき)皎々(こうこう・明るく光る)として自然に愛すべし。  明々潔々として久しく看て昏まず。   此の如きの相は大貴なり。   大貴ならざるも亦(また)当に小貴なるべし。    富も亦た許すべし。    妄りに談じ定むべからず』